徳川家康から視る真田幸村は?大河ドラマ真田丸ではどう描く?

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大河ドラマ真田丸。徳川家康から見た視点とは?

大河ドラマ、真田丸。

実際の徳川から見た視点はどうだったのか?

みなさんも知っての通り、徳川から見た真田丸は不気味そのもの。

真田丸って何?って方は[真田丸]大河ドラマ。大阪の陣、真田丸を詳しく説明。コチラから。

上記のリンクである程度説明しているのですが、徳川軍から見た真田丸というのは、出城な為、最初は無視して戦うという命令を出すくらい、孤立城なのです。

孤立している為、戦う価値もないと判断したのか定かではありませんが、徳川軍からしたら出来れば戦いたくないのも間違いないです。

徳川軍から見た真田とは?

知っていますか?

知っておいて欲しいので軽く説明します。

真田と徳川の関係ですが、昔から因縁の中と呼べるほど敵対しています。

父、兄、幸村(信繁)

しかし、信繁は人質となっている期間が多く見受けられます。

父も兄もそれは凄腕の戦略と徳川家に多大なダメージを負わせています。

徳川勢7000の上田城攻め、真田昌幸、真田信幸らが圧倒的な勝利を収めたり。

2回目の上田城攻めも徳川は約4万という兵で挑む

これは私の推測

時間の問題で上田城は落ちていたのではないかなと思う戦いだが、徳川にでかいダメージを負わせたのは間違いない。

時間と猶予があれば上田城も取れてはいたのだろうが、ここは関ケ原への進行が優先となっていたため、上田城を無視せざるおえなくなる。

結果は、やはり真田がいかに凄いかがわかるという戦いである。

説では、城はまだ完成してないのに徳川が攻めてきた。

完成する前だから即席の柵を迷路のように並べ、敷地内で陽動させ、数が少ないところを狙撃して倒している。柵は見事に敵を困惑させ、一方的な戦いになっていたという話がある。

相手の数は倍以上に対し、真田はよく戦ったなとつくづく思わさせられた。

だから

徳川軍から見た真田とは、天下を取るに邪魔な存在でしかない。

仲間になれよ!って言っても断られる。

めちゃくちゃ手が掛かる軍だったのに違いないでしょう。

徳川も真田をやるチャンスを一度見送っている事に、後悔したことでしょうね。

しかしなぜ真田をやらなかったのでしょうか。

近々調べて確認いたしますね。

 

大河ドラマでの真田丸の描写について。

描写がとにかく凄いですね。

大河ドラマ「真田丸」という画像を見ましたか?

めちゃくちゃカッコいいんですよ。あれを制作するのに、道具を特注で作り、またあの漢字を書く上手さがたまりませんよね。

特注でつくったヘラで漢字を書いているのですが、素晴らしいとしか言いようがないです。

お城などの3Dなどで描かれている部分ですが、かなりの制作時間がかかっています。

プロがつくっているので、悪いわけはないのですが、真田丸と融合が出来ているのかが見ものですよね。

黒田官兵衛などにもお城は出てきていましたが、あれだけの物をつくるのに半年くらいかかってしまいそうです。

ぜひ、気にしてみてくださいね。

 

~~まとめ~~

個人的な発言になりますが、大河ドラマ真田丸を拡散していこうかなと思っています。

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まとめといたしまして、今回の真田丸

徳川家康から見ての視点はあまり描かれないかもしれませんが、
是非本作を観て、
真田の凄さ
真田丸がどういったものかを日本人として学びましょう!
必ず良い作品となっています。
読んでいただきありがとうございます
真田のまとめは
大河ドラマ真田丸、大坂の陣、徳川と真田の最後のまとめ!コチラから
 

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